たくさんの夢をありがとう、スティーブ・ジョブズ


2011年10月5日。スティーブ・ジョブズが亡くなったそうである。
およそ1か月前、同氏がApple社CEOを自ら辞されたとき、この日がくるのはそう遠くないことだと思ってはいたが。

彼はヒーローだった。
ミュージシャンで言えばジョン・レノンみたいなものである。

ビートルズやジョンはあんまり好きじゃないんだよなあというひとだって、彼と彼らの音楽がほかのミュージシャンに与えた影響や社会的なムーブメントに、なにかしらの影響をうけているはず。そんな存在である。

ジョブズはコンピューターの業界ではたくさんの伝説的な仕事をしてきたひとである。別に社会や政治について直接的になにか活動したわけでもないだろうに、彼の仕事はコンピューターと直接関係しない世の中のいろんなことにまで影響を与え、変革のきっかけを与えてしまった。

本人は、コンピューターでかっこいいことをしようぜ。と。 ただそれをやりつづけた人であったと思う。もちろん、だからこそいろいろと問題もあったわけだけれども。

この仕事がかっこよく、楽しいものなんだと。僕がそう思い続けることができるのは、アイコンとして彼が存在していたからと言っても過言ではない。

彼にはたくさんの夢をもらった。それは、彼がその発明に関わったガジェットやライフスタイルもそうだけれども、それ以上に、「彼と同じ種類の仕事をする」ということであった。

ジョブズが作ったのはMacintoshやiPhoneのようなプロダクトではなく、もちろんトイ・ストーリーのような物語でもない。それらを作り出す「マインド」なのだ。

このBlogでも何度か言ってきたつもりのことだけれども、僕はプログラマーは単なる技術者であってはならないと思っている。

音楽家が音楽を作るように。
小説家が小説を書くように。
プログラマーはプログラムを書かなければいけない。
表現者でなければならない。

僕は彼を盲目に崇拝しているつもりはないつもりだし、彼になりたいと思っているわけでもない。彼はプログラマーでもその他の技術者でもないけれども、コンピューターに関わる仕事を、まぎれもなく「表現者」としてやってきた人なのだと思う。

本当に、今年はいろいろなことがあるものだ。
いろいろな意味で、自分について振り返らなければない時に来たのかもしれない。

ありがとう、スティーブ・ジョブズ。お疲れ様でした。
これからもあなたは僕の「かっこいいアイコン」であり続けます。


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