行方不明と迷惑アプリと善意の結果


Facebookで「中学生が行方不明です」

もう半月ぐらい前のことになるのだけれども、Facebook 上で北海道の男子中学生が行方不明になったので、情報求むという投稿がたくさんシェアされていた。

参考リンク:「行方不明の中学生、探しています」――Facebookで急速に拡散中

この記事のコメントでは情報の真否を疑うものも見られたものの、学校関係者を名乗る人が「残念ながら事実ですのでどんな些細なことでも情報提供お願いします」というコメントが書かれ、とても本当のようであった。ほぼ同い歳の息子を持つ親としても、とても心の痛いハナシである。

Facebook のニュースフィードでは善意ある方々によってこの情報が次々とシェアされていったが、これが仮に本当だとして、北海道で行方不明になったひとの情報をわざわざ長野県在住の僕がシェアすることの意義がいまいち理解できなかった。

中学生だし、もしちょっと家出したただけだったりしたらオオゴトになると帰りづらくなるだろうし、日本全国に公開捜査しなければならないほど切迫した状態であれば、むしろ Facebook よりも警察がテレビなどを利用するだろう。

ということで、僕自身は放置していた。

翌日、あれは個人情報を晒した悪質ないじめ行為だったので拡散をやめるように呼びかける情報がシェアされていた。

参考リンク:FBの限界か

元の記事は削除されているし、この Blog 記事によるとそれを投稿した人はアカウントもなくなっているらしい。なーんだ、ということではなく、こうなるとどっちが正しいのか、どちらも信じられなくなる。

で、真相は、やはり行方不明なのだそうである。けれども、警察としてはそういう情報を広めてくれるなと。「善意でやったことが逆に本人を苦しめることがあるんです」とのことである。その後どうなったのかは知らないが、もし解決していないのであれば、1日も早く無事が確認されることを祈るばかりである。

参考リンク:思いと裏腹に

Facebookで「どのように人生を終了するか?」

さてまた Facebook のハナシ。「どのように人生を終了するか?」という占いアプリの投稿がいくつか出てきた。妙にリアルな写真だし不謹慎でおもしろいので僕もやってみた。

残念ながら僕は今年死んでしまうそうだ (苦笑)。

さて、数日後、こんな情報がシェアされてきた。

【緊急連絡】~FBアカウント乗っ取りアプリの情報~

確かにこのアプリは大変行儀の悪い作りであり、メッセージの送信権限を取得している。しかし、少なくとも僕のアカウントから勝手なメッセージは出ていない。

さらに、この説明は Facebook アプリの技術的仕様をご存知ない方が書かれたらしい。基本的に Facebook アプリがアカウントのログインパスワードを「抜く」ということはできない (できるとしたら Facebook のシステム全体のセキュリティホールであり、問題はこの程度では済まない) し、そもそもメッセージを送れる権限を与えているのであって、パスワードなんか変えたところでなんの解決にもならない。正しい対処は、このアプリを削除することである。

参考リンク:Facebookアプリ削除方法

というわけで、この情報も僕にとっては信憑性の低い情報である。最終的にこれが迷惑アプリだったのかどうかは未だに知らない。少なくとも僕にはこれがそうだと言い切る自信はない。もしそうでなかったとしたら、この作者は僕と同じくソフトウェアを創る者として、このように言われるのはショックだろうなと思う。もちろん、作者を明かさなかったり行儀が悪かったりするという問題点は是正されるべきだが。もちろん、誰だって知識の差異はあるし、間違ったことを言ってしまうことはある。悪いことに僕だってしょっちゅうあることだ。

問題なのはそこではなく、この情報もまた、多くの人によってシェアされていることである。

『悪意ある人』の不在

これらのハナシの中で、仮に「どのように人生を終了するか?」が広く言われているように迷惑アプリだったとしたら、その作者のみが「悪意のある人」である。ただし、はっきりとした確証はないように思う。

迷惑アプリであればその被害の拡大には僕も手を貸していたのかもしれないし、そうでないのなら善意でこのアプリの危険性を呼びかけている人たちによって、作者への中傷行為が行われていることになる。

ただし、あれからだいぶたった現時点で作者と思しき人から特になんらかの声明が出ていないところを見ると、迷惑アプリだったのかもしれない。僕にはわからない。

中学生が行方不明になったので情報提供を呼びかけている人たちも当然善意で呼びかけているだろう。これはいじめだからやめるように呼びかけた方も、こんなにネット上で拡散されたら彼のプライバシーが晒されるわけで、これじゃあいじめだよね、なんてハナシが伝言ゲームになって伝わったのかもしれず、これもまた善意の行動だろう。

結果的に彼のプライバシーは一時的とはいえ広くネットに晒され、いじめにあっているという不正確な情報も付加され、実際に捜索をしているだろう警察にも迷惑をかけてしまった。これらの情報をシェアして拡散した多くのひとたちは善意によって行動したのである。

アプリの作者の意向が不明なのと、影響範囲を把握している上でおもしろがってあえて使ってみた僕は不謹慎であることが例外的に善意のある行動をしていない登場人物ではあるけれども。

悪いことは善意によって起きる

これは、「世の中には悪意のある人はそんなにいなくて、善意のひとばかりで、たまに失敗もあるけど良いことだよね」などというのんきなハナシではない。「世の中の悪いことの多くは善意によって起こされる」という、ある意味絶望的ともいえる事実を証明しているのだろう。

世の中には、残念ながら期待するほどにはワルモノはいない。

僕はそれが真実だと思っている。思い出してみよう。震災のあった日。スーパーで日用品の買い占めがあったという情報、その情報の拡散と実際に物資不足になった事実。原子力発電所の事故。そもそも何故危険といわれる原子力発電が使われているのか。それをなぜ安全だと思い込んでしまっていたのか。事故に関する情報はなぜ出てこないのか。なぜその情報をすっぱ抜くのか。事故に対する政府のまずい対応。中東の独裁者は私利私欲だけを追求していたのかだろうか。その独裁者を惨殺してしまった市民は憎悪のみによって行動していたのだろうか。

あなたが嫌いなあの人は、悪意を持ってあなたに嫌なことをするのだろうか。悪意がないからこそたちが悪いし、世界はせつないのかもしれない。

正しい行動をとるのは難しいことだと思う。誰にとって正しいかも違う。

ではどうすれば良いのかということについて言えることは僕には少ない。他者に対して寛容であること。自分の間違いを認めること。そして、自分がしようとしている「いいこと」は、本当にいいことなのか、いったん立ち止まってみることが必要なのだろう。

追記 (2012/3/12):
北海道の男子中学生の件は依然行方不明で、公開捜査となったようだ


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