わかるんだけど、なんか変だ


まずはこちらの記事を。

H-Yamaguchi.net: 「デスブログ」といういじめ

とある女性タレントさんが Blog で言及した物や人や団体などが不幸に見舞われる確立が高いので、その Blog を『デスノート』になぞらえて「デスブログ」と呼ぶネットの風潮はいじめなんじゃないかという指摘である。

言いたいことはとてもよくわかるし、僕もこのデスブログというのはおもしろいと思う反面、リンク先の記事を書いた方と同じように、なんとなくイヤだなあとも思っていた。

なんとゆーか、面白おかしいタグというかレッテルを貼って、しつこく何度もそれについて繰り返し遠くから指さして揶揄してるカンジ。

でも、なんとなく「いじめ」というコトバをあてるのはちょっと違和感があったりする。


もともとは「デスブログ」を書いているご本人が出演されていたテレビ番組でそのようなことを言い始めたのが発端だそうで、ご本人はそれについてイヤだと思いながらガマンしているのか、それとも話題性があるならそれでよし、ただひとの不幸にまつわることなら言及は避けておこうと賢明なご判断をされているのかはわからない。

もちろん、ご本人が苦痛を感じておられるなら「いじめ」になるのだけれども、もし上で想像した後者であって、ご本人がそれほど不快に思わなかったとしても、やはりその様子が目に入るこちらとしては、吊し上げというか、揶揄しているカンジはあんまり気持ちよくないなあと思っているわけで。余計なお世話なのかもしれないけども。

なんとなく、まだ「いじめ」にはまだ到達していない、もうちょっと人の心の薄ら暗いなにかイヤなもののような気がするんだけどなあ。もちろん最終的には「いじめ」にたどり着く心理ではあって、その萌芽のようなものなのだろうけれども。

…..

もう1つ。ある女性アイドルタレントさんが、上半身ハダカで後ろから白人の児童に素手でバストを隠されているグラビア写真を発表されて、それって児童ポルノなんじゃないかと指摘されているというハナシがある。

これも、わかるんだけどさ。

例えばどこぞの国では父親が娘と、母親が息子と一緒にフロに入るのも児童への性的虐待が疑われるなんてハナシをいつだったか聞いた記憶があるのだけれども、つまり性的に未成熟な児童に性的なこともしくはそれを連想させる行為をしたりさせたりすることで、本人が喜んでいるとか嫌がっているとかの自覚とは無関係に深層心理に悪影響を与える可能性があって、性的虐待にあたるのではないかということだと思う。

でもそれって、「児童ポルノ」といわれるとちょっとなんか奥歯にイワシの小骨かなんか挟まったような、なんか違和感がある。

もちろん、「児童への性的虐待=児童ポルノ禁止法で取り締まる」という筋道なら確かにそうだし、もしかして諸外国や法律の世界ではまったく違和感のないことなのかもしれないけれど、「児童ポルノ」というコトバだけを抜き出すと、いわいる児童本人を性的対象としていることを想像しちゃうんだけどね。

…..
なんというか、どちらも、ある事象に対してそれを表現する名前がびったしこないから、「うんうん、確かにそうだね」という気がしてこなくて、あれ?なんか違うんじゃね?と思ってしまうんじゃないかな。

で、どちらも、その事象をコトバで表そうとしているのではなくて、なんとなく似ているような気がする良く聞くコトバを「ぺし」ってテキトーに貼りつけただけのような気がしてしまうんだよね。

じゃあお前が考えろやと言われてしまうのだけれども。僕だったら後者は「児童への性的虐待」だし、前者は…うーん、難しいな、「後ろ指さし感」かな、こりゃイマイチ…。

こんなことが気になるのは、たぶん僕がコンピューターのソフトウェアプログラミングを生業にしているからかもしれない。

プログラミングとは、ある程度以上の学術的なことをされている方にとってはそれは数学であったり科学であったりするのだけれども、ほとんどの場合は、あるおシゴトについて「これはなにをするおシゴト」とそれぞれに名前をつけて、整理して順番に実行させることである。名前が付けられない程度に漠然としていたりやることがいろいろあったりするコトは、名前が付けられるレベルにまで分解単純化して整理してから、それぞれを関連付ける。

つまり、プログラミングとは「名前をつけるシゴト」だと思っている。

プログラムには関数や変数やクラスといったものをたくさん作るのだけれども、それらに「これだ」っていうビタっとくる名前をつけられたときには、その中身のツクリも「こう以外ありえない」という書き方ができるし、そういう名前がびったりしたものだけで組み上げられたプログラムは、実際に「書いた (ソース) プログラムを読めばわかる」レベルになるので、別に説明資料というか設計書のようなものをわざわざ作るのは馬鹿馬鹿しいと思ったりする。

でも、その「名付け」がうまくいかなかったり、そういうことを気にしないひとと共同でやるシゴトだったりすると、そのあまりよくない名前をつけたものがやるシゴトの内容や範囲、分量があいまいになってしまって、あまりデキがよろしくないことになってしまいがちである。

これがビシっとできていないモノに対してまで、なんの資料も作らない、「ええ、ウチはアジャイル開発ですから」とかいうのは、まったくもって論外のハナシではあるけれども。

プログラミングを上手にするひとは、「コトバ」を大事にするひとだったり、そうでなくても「コトバ」の威力を知っているひとなんじゃないかと思う。

そんなわけで、ちょっとこの、たしかにそうなんだけど、なんとなくしっくりこない名前の付け方というか、コトバの当てはめっぷりを続けて見てしまって、なんだかプログラムの不具合が潜在していそうな箇所を見つけちゃったような、なーんとなくイヤーな感じがするのだった。

(※今回はソフトウェア開発にまつわる用語をあまりご存じない方に向けてコトバを選んでみましたw)


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